中農貴詞─ 同期200人のトップだった私が、大手製薬会社を辞めた理由

中農 貴詞-Takashi Nakano
過去の挫折を乗り越え、人の痛みがわかるからこそ、行動できない起業家を短期間で成果へ導くパーソナルコーチ。
外資系製薬会社でのトップ営業職を経て独立。
累計7,000万円超の自己研鑽投資をもとに独自メソッドを確立。
SNS・広告ゼロの本質的なマーケティングで億超えを達成した実績を持ち、延べ5,000件以上の個別支援を統括。
プラチナプランでは代表による個別戦略伴走支援を直接担当。
戦略設計
事業構築
マーケティング
株式会社HeroMaker代表取締役。起業家コミュニティ「TMC(Total Mission Creator)」を主宰し、企業研修・講演を手がける中農貴詞。
薬学部を出て、世界で一番大きな製薬会社へ。同期200人のなかで1位2位を争う成績。
傍から見れば、順風満帆だったと思います。
しかしその会社を、30歳で辞めました。収入が理由ではありません。
STORY
これまでのあゆみ
20代 薬学部を卒業し、世界で一番大きな製薬会社へ。MRとして勤務(薬剤師)
同期200人のなかで1位2位の成績。年収1,000万円台に
30歳 「この仕事を定年まで続けるのか」と自問し、退職して独立。以後5年間、試行錯誤が続く
2021年 起業家コミュニティ「TMC(Total Mission Creator)」を立ち上げ
翌年 イベント「TMC AWARD」を開催(受講生150名以上/当日400名超)
現在 株式会社HeroMaker 代表取締役。企業研修・講演を手がける
「ええ大学に入って、一流企業で出世しろ」
父はサラリーマンでした。出世街道には乗れず、所得も高いほうではありませんでした。
その父に、私はこう言われて育ちました。
勉強してええ大学に入れ。そんで一流企業のサラリーマンになって出世するんやで。
父も男ですから、悔しかったんだと思います。
言われたとおりにすれば、外食が好きなだけできて、買いたいものが買える豊かな暮らしができる。
私はそう信じて、一生懸命に勉強しました。
偏差値の高い大学の薬学部に入り、薬剤師の資格を取り、卒業後は世界で一番大きな製薬会社に就職します。
同期200人のなかで、1位2位の出世頭になった
就職してからも、言われたとおりに走りました。
200人ほどいた同期のなかで、1位2位を争う出世頭になり、年収も1,000万円台に届きました。
傍から見れば、順風満帆だったと思います。
ただ、結婚が早く、サラリーマン時代の最後には3人目の娘が生まれていました。
1,000万円あっても、税金などを引かれた手取りでは、生活するだけでいっぱいいっぱいでした。
営業をかけるほど、相手の時間を奪っている気がした
それでも、私を苦しめたのは収入ではありませんでした。
製薬会社の営業の相手は、大きな病院のお医者さんです。
知識のレベルが高く、実際に薬を使って治療をして、患者さんから直接フィードバックを日々もらっている方々でした。
こちらが知識や情報を提供したいと思っても、必要とされないんです。
では私が何をしていたかというと、
自分のことを気に入ってもらって「買ってもらえませんか」と言える関係をつくることくらいでした。
営業をかけるほど、ただお医者さんの時間を無駄に奪っているだけのようで申し訳なく、自分が存在する意味がないように感じていました。
いまなら、関係づくりも立派な能力だと分かります。
けれど当時は「こんなことを定年までやってて、俺の人生はそれでええのか」と、焦りと不安でいっぱいでした。
心を病みかけて、30歳で会社を辞めました。
独立してからの5年間
辞めたものの、そこからが試行錯誤の連続でした。
- 転売に手を出し、売れない在庫を抱えた
- 「権利収入」という言葉に惹かれて、ネットワークビジネスにのめり込んだ
- 楽に稼げるという話に、何度も乗ってしまった
誰にも相談せず、独学でやっていたからです。
正しいかどうかを判断できる人が、そばに一人もいませんでした。
結果、独立から5年間、まったく稼げませんでした。
この時期を象徴する場面があります。
2021年、ある研修で「いまから電話をかけて、誰かに売ってください」という課題が出たときのことです。
私は営業職を10年やってきた人間です。
それなのに体が動かず、チームメイトに「動けないです、セールスが怖いです」と言って泣き出しました。

会社の商品は売れても、自分の商品は売れなかったんです。
看板が外れた瞬間、まったく動けなくなる。これが、たった5年前の私でした。
失敗の原因は、ひとつだけでした

成功する方法は人それぞれです。けれど失敗する方法は、全員共通だと思っています。
勝ちには偶然の勝ちがある。けれど負けには、必ず理由がある。そして負け方は、たいていパターン化されています。
理由はいくつも挙げられます。
- メンターをつけなかったこと
- 楽な道を探したこと
- 耳ざわりのいい言葉に飛びついたこと
ただ、分析していくうちに気づいたんです。この3つは、同じ場所から出ていると。
自分に、自信がなかったこと。それだけでした。
- 自信がないから、人に相談せず独学で抱え込む
- 自信がないから、「楽して儲かります」を最後まで聞いてしまう
- 自信がないから、うまくいかないときにすぐ諦めそうになる
そしてもうひとつ。
父に言われたとおりの人生を歩いてきた私には、「自分で選んだ」という実感がありませんでした。
いい大学も、一流企業も、出世も、すべて誰かの価値観です。自分の価値観で決めたゴールではないから、たどり着いても虚しい。
いまは甘い話が来ても「いらん」で終わりです。
聞く時間が惜しい。悪いときが来ても「いいときも悪いときもあるやろ」で済むから、諦めません。
これが、10年かけてたどり着いた結論です。
自信があれば、ほとんどの問題は解決する。
やり方を増やすより先に、そこに手をつけたほうが早いんです。
まず、50万円をつくることから始めた
では、その自信をどうやってつけたのか。
私の場合は、自己投資を繰り返したことに尽きます。
ただ、自己投資をするにはお金がいります。そして当時の私には、借金しかありませんでした。だから、まず軍資金をつくることから始めました。労働収入は、基本です。
- 残業してでも働く。
- 夜中にコンビニでアルバイトをする。
- 買い込みをやめて、支出を減らす。
そうやって50万円を貯めました。
その50万円を持って、山田直美先生の「幸せ起業塾」に飛び込みました。ここが、私の転換点です。
お金のつくり方は、稼ぐだけではありません。「1年後に10%の利息をつけて返します」と方々にお願いして200万円を集め、約束どおり220万円を返したこともあります。
とにかく、使えるお金がゼロでは一歩も動けない。自己投資する資金すら尽きて限界まで行った人間として、そう思います。
「あんたが塾をやりなさい」の一言から、TMCは始まった

TMCという場が生まれたきっかけは、倉橋りのさんという女性の言葉でした。
りのさんは、いまTMCで教えているメンタルブロック解放を最初に手がけていた人です。仲間たちのブロックをいくつも外し、私がその技術を学べるよう先生まで紹介してくださいました。
そしてこう言われたんです。
あんたが塾をやりなさい。あんたがやるんやったら、私が最初の生徒になるから。
その言葉に背中を押されて、私は年間396万円のマスターマインドを立ち上げました。
実績もない人間がよくその金額を出したと思います。それでもりのさんは、二つ返事で「分かった、入るわ」と言ってくださいました。
それが、いまのTMCの原点です。最初の一人がいなければ、TMCは存在していません。
実はりのさんは、2年ほど前に亡くなりました。人はいつ死ぬか分からない。そのことも含めて、多くを学ばせていただいた恩人です。
立ち上げ1年で、400名を集めた

TMCを立ち上げて1年が経った頃、「400名規模のイベントをやる」と宣言しました。まわりは「何を言っているんだ」という反応でしたし、自分でも無茶を言っている自覚はありました。
それでも1年後、実際に開催できました。「TMC AWARD」です。
なぜやりたかったのか。理由は2つあります。
・ひとつは、会える場所をつくりたかったから。
当時はコロナ禍で、活動がすべてオンラインになり、全員が集まれる場が必要でした。
・もうひとつは、「自分は起業家としてやっていける」という自信を、持ってほしかったから。
失敗の原因が自信のなさなら、解決策も自信をつけることです。大勢の前で話す体験を、全員にしてもらいたかった。

一人あたりに割ける時間は、15秒ほどしかありませんでした。それでも、参加メンバー全員を壇上に上げて、一人残らず話してもらいました。
近接は、力なり
自己投資を続けて、もうひとつ得たものがあります。つながりです。
- 山田直美先生の幸せ起業塾で、いまのTMC講師と出会った
- 仙道達也さんの塾で人脈が広がり、TMCの根幹になる「主語自分」「すべてがごもっとも」を教わった
- しゃべくり社長・翔さんのコンサルティングで、TMC AWARDのアイデアそのものをいただいた
- 遠藤貴則さん(株式会社Business Science Japan 取締役)から、いまTMCの名物になっているバレーボール研修の原型を教わった
- 大森健巳さん(ワールドクラスパートナーズ株式会社 代表取締役)とのご縁から、カンボジアの学校支援が始まった
印象に残っているのは、仙道塾でお世話になった先生が初めて講座を開くと聞いたとき、説明会を待たずに受講料を振り込んだことです。
恩返しのつもりでした。
その関係が、のちにTMC AWARDの筆頭スポンサーという形で返ってきます。
この業界は、思っているより狭い世界です。長く生き残り、想いを持ってやっている人は多くありません。
そういう人たちのあいだで「あの人はいいよね」と話が回り始めると、チャンスは向こうからやってきます。
狙ってやったわけではありません。自己投資を続けた結果としてつながりができ、そのおかげで短期間で飛躍できただけです。

大森さんから教わった言葉があります。
急に伸びている人は、必ず誰かの近くにいる。そして、引き上げてもらっています。
ただし、これは「引き上げてもらう側」の努力がないと成立しません。いまTMCで講師として活躍しているメンバーも、私たちが引き上げたわけではないんです。
彼女たちが、近くに居続けることを選び続けた。それだけです。
そして、それは簡単なことではありません。
いま、同じ場所に立っている人へ

5年前の私には、スキルも商品も、何ひとつありませんでした。それでも5年で、ここまで来られました。
特別な才能があったからではありません。
自分に自信がないという、たったひとつの原因に手をつけただけです。
だから私は、人に「やり方」だけを教えることをしません。どれだけ正しいやり方を知っていても、自信のない状態のままでは結果は出ないからです。
変わるべきは、やり方より先に、その人の状態ですから。

負け方なら、誰よりも知っています。だからこそ、いまどこで止まっているのかが分かる。
その一点を一緒に動かしていくことが、私の使命です。
講演・研修のご依頼について
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テーマや対象人数に合わせて内容を設計いたしますので、まずはお気軽にご相談ください。








