TMCを共同主催し、「ありがたマインドシフト講座」を主宰。
一般社団法人RTOグローバルコントリビューション代表として、カンボジアの学校支援にも取り組む彩郁(saya)。
今でこそ多方面で活動していますが、その歩みは最初から順調だったわけではありません。TMCトークで語られた「実績も自信もなかった頃、何を選び、何を手放したのか」——その言葉を、ご本人の語りでお届けします。
何をやっても続かなかった、あの頃の私
私はこれまで、本当にいろいろな仕事をしてきました。
たかみっちーと同じ外資系製薬会社のMR、薬剤師、アンガーマネジメント、アドラー心理学のコーチ、講師の育成、化粧品のアドバイザー、鑑定……。
数えきれないくらい、さまざまな仕事や学びに挑戦してきたんです。
でも、正直に言うと、その多くは「これは何か違う」と、途中で手放してきたものでもありました。
そして何より、「自分のビジネス」を立てたことは、一度もなかったんです。
いろいろやってきましたと言うけれど、あれは違う、これは違うって、すぐに手放していた。ひとつのことを続けることも、自分の足でビジネスをすることも、ずっとしてこなかったんですよね。
「ビジネスをやっていない私」が、ずっと苦しかった
TMCに出会ったのは2021年でした。ただ、当初の私は自分のビジネスを持たず、メンバーのサポート役に徹していました。
「ビジネスをやっていない私が、みんなを支えるなんて無理です」。
そう感じて、どこか引け目を抱えたまま活動していたんです。
私にできるのは、鑑定を通じてメンバーをサポートすることくらい。自分から前に出るなんて、とても考えられませんでした。
震えながら、450人の前に立った日

そんな私に、思いがけない場面が訪れます。TMCで初めて開催した大きなイベント「TMCアワード」。
大阪のホテルを貸し切り、450人もの起業家が集まった会でした。
自分には出番なんてないと思っていたのに、なぜか急遽、みんなの前で話す役が回ってきたんです。何を話したのか、正直まったく覚えていません。
それでも、450人の前で初めて自分の声で話した——この経験は、今振り返れば大きな一歩でした。
25分1,000円。それが、私の本当のスタートでした
このアワードのころ、私は初めて「自分のビジネスを立てる」と決めました。何をやっても続かず、ビジネスからずっと逃げてきた私にとって、これが本当のスタートラインだったんです
そして始めたのが、25分1,000円の鑑定です。
今でこそいろいろやっているように見えるかもしれませんが、スタート地点はみんなと何も変わりません。むしろ、ずっと実績ゼロだった私は、ここからようやく一歩を踏み出したんです。
そこから5,000円、次に1万円へと価格を上げていきました。ただ、そこから先は集客をしませんでした。
たかみっちーという大きなリソースを借りて、紹介されるままにやっていただけ。自分から動くことは、ほとんどなかったんです。
胸に突き刺さった、たった一言
サポート役を続けるなかで、私はずっと「ビジネスをやっていない自分」に引け目を感じ続けていました。
転機は、ある朝礼のあとに訪れます。
心を込めて、いいことを話せたと思った——その直後に返ってきたのは、厳しい一言でした。
ビジネスをしていないさやさんに、何を言われても刺さりません
こんなことを言われるとは思わなかった。深く落ち込みました。
「あなたがビジネスをしていないことで、いずれ苦しい思いをしますよ」——以前そう言われていたことが、まさに現実になった瞬間でもありました。
正直、TMCを辞めようと思いました。「これ以上、ビジネスをやっていない私がサポートを続けるのは無理だ」と。でも、そこで立ち止まって考えたんです。
それって、完全に逃げの選択やな、と。
逃げるのをやめて、温めてきた講座をリリースすると決めた
辞める代わりに私が選んだのは、ずっとずっと温めてきた講座——今の「ありがたマインドシフト講座」を、いよいよ世に出すことでした。
それまでの私は、「できない自分を見たくないから、やらない」。そうやって、ビジネスから距離を置いてきました。
- 嫌な思いをしたくない
- できない自分を認めたくない
その気持ちが、ずっと私の足を止めていたんです。
このとき初めて、その自分と正面から向き合うことができたのだと思います。
「売らない優しさ」は、優しさじゃなかった

私には長いあいだ、セールスへの強い抵抗がありました。
- 売られていると思われたくない。
- せっかく面談してくれた人に、嫌われたくない。
だから、言えなかったんです。
その考えが変わったのは、こう気づいたときでした。
必要としている人が、目の前にいる。それなのに伝えない。それって最悪な人やな、と思ったんです。
- 断られるかどうかは、いったん置いておく
- 「あなたには、これが必要だよ」ときちんと届ける
そう決めてから、私は大きく変わりました。商品設計を見直し、チームでセールスに取り組むようになり、今では息をするように、自然にセールスができるようになりました。
その背景にあるのは、TMCの仲間や商品への深い信頼です。
みんなの商品は、私が絶対に売れると思うくらい大好きなんです。作り手がどんな思いを込めているかを知っているからこそ、心から自信を持ってお勧めできる。
それが、今の私のセールスです。
続いたのは、TMCだけだった

多くの仕事を手放してきた私が、唯一続けてきたのがTMCでした。
私にとってTMCは、おうちみたいな場所なんです。関わってくれる人は、みんな家族。
だから、TMCに来てくれる人は本当に大切だし、どうすればみんながもっと成長できるかを、いつも考えています。
行動が遅くて、自分でも「甲羅干しをしている亀」だと思うくらい、私は動けない時期が長かった。
それでも、この場所にだけは関わり続けました。
その積み重ねが、少しずつ私を変えていったんだと思います。
続けるなかで、初めての挑戦も生まれました。
39歳の誕生日にかけて、感謝を届けに行く「サンキューツアー」。
福岡・大阪・名古屋・東京の4都市を回って、お世話になったみんなに「ありがとう」を伝えて歩きました。
あんなに動けなかった私が、自分から動いて全国を回る。続けてきたからこそ、たどり着けた景色でした。
330万円から、1,000万円へ

その変化は、収入という形にも表れています。
これまでの私の最高年収は、MR時代の330万円。その後はパートで働く時期も長く続き、月20万円ほどの暮らしでした。
ずっと自分のビジネスを持たずにきた私が今年、商品設計を変え、セールスと本気で向き合い始めたことで、初めて年商1,000万円が見込めるところまで来たんです。
活動の場も、大きく広がりました。
地元・香川では、100人規模の講演にメインスピーカーとして登壇。
TMCの共同主催や講座の主宰に加えて、カンボジアの学校支援にも継続的に関わっています。
実際に現地を訪れ、これから建っていく小学校を自分の目で見てきました。
これから一歩を踏み出す、あなたへ

- どんなフェーズにいても、夢は叶えられる
- 思いは形にできる
- ビジネスは、やっていける
そのことを、私は自分の歩みで証明していきたいと思っています。
特に、どんな状況にいる女性でも前に進んでいけるんだと、背中で見せられる存在でありたい。
実績ゼロから、逃げずに一歩を踏み出して、続けてきた。

派手ではないけれど、一つひとつ積み重ねてきたこの歩みが、これから最初の一歩を踏み出す誰かの、等身大のモデルになれたら嬉しいです。







